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大分地方裁判所 昭和51年(行ウ)8号 判決

大分県日田市三本松一丁目八番三六号

(送達場所 福岡市西区笹丘二丁目一一番三三号)

原告

株式会社間瀬

右代表者代表取締役

間瀬四郎

大分県日田市田島二丁目七番一号

被告

日田税務署長

大山豊秋

右指定代理人

中野昌治

樋掛親男

田川修

石川公博

小城雄宏

平野多久哉

岩本嘉昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

1. 被告が昭和四九年九月二五日付をもつてなした原告の同四六年五月一日より同四七年四月三〇日までの事業年度分に関する法人税再更正処分及び過少・申告加算税の賦課決定処分はこれを取消す。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告はパチンコ店を経営する株式会社であるが、昭和四七年六月二七日被告に対し同四六年五月一日から同四七年四月三〇日までの事業年度分(以下本件事業年度分という)の法人税について所得金額を別表一の(一)欄記載のとおり確定申告し、同四八年六月二七日同表(二)欄記載のとおり修正申告したところ、被告は同四八年六月二八日同表(三)欄記載の金額に更正する処分をし、さらに同四九年九月二五日同表(四)欄記載の金額に再更正処分(以下本件再更正処分という。)及び同表(五)(9)欄記載の過少申告加算税の賦課決定処分(以下本件各課税処分という。)をなした。

2. 原告は右各課税処分につき昭和四九年一〇月二五日付で異議申立をしたが、被告は同五〇年一月二一日付でこれを棄却した。

3. そこで、原告はこれを不服として昭和五〇年二月一四日付で国税不服審判所長に対して審査請求したところ、同所長は同五一年七月一七日付で棄却の裁決をなし、その頃原告は右裁決書謄本の送達を受けた。

4. しかしながら、本件各課税処分は次に述べる理由により違法であるから取消さるべきものである。

原告は昭和四五年一二月二八日訴外山下戸吉から福岡市中央区天神二丁目三〇四番宅地(以下本件土地という。)及び同所三〇五番所在の営業中のパチンコ店舗(以下本件店舗という。)並びに什器備品を代金合計三億二三〇〇万円で買受けたが、原告はかような場合の課税標準につき、右売買の前、当時の日田税務署長であつた堀田徳二に指導を求めたところ、堀田はこれに応じ、原告に路線価格、固定資産税課税標準価格、近隣不動産の取引実績等について資料を提出させ、従業員の引受、機械の取替等についても数度にわたり詳細に事情を調査したうえ、同年一二月下旬ころ右売買による取得資産区分を別表二記載のとおりとすることが正当であるとの結論を示したので、原告は、堀田の右指導に従い、前記のように売買契約を締結し、右資産区分に基づいて、本件事業年度分の営業権償却額八六九八万八六六六円を損金に計上して申告したものである。

しかるに、被告は、土地取得価格を七六一〇万九〇〇〇円増額した上、右営業権の取得価格を七六一〇万九〇〇〇円減額して五四三七万四〇〇〇円と計算し、既に原告が昭和四五年五月一日から同四六年四月三〇日までの事業年度で償却していた四三四九万四三三四円を差引いた一〇八七万九六六六円だけが本件事業年度において許される営業権の償却額であるとし、原告申告の償却額との差額七六一〇万九〇〇〇円を償却超過額として否認し、本件各課税処分をなしたものである。

原告は、被告のなした右営業権価格の評価及びそれによつてなされた右償却否認額が実体的に不当なものであることを本件訴訟において主張するものではなく、これらの点については争わないものである。

しかし、本件各課税処分は、堀田の前記指導に反するものであつて、これは納税者として誠実に税務署の指導を仰ぎ、その指導を信頼してこれに従つた原告に対し、右指導に反して原告に不利益に取扱を変更したものにほかならず信義則あるいは禁反言の原則に反する点で違法な処分であるから、その取消を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1ないし3の各事実は認める。

2. 同4の事実中、原告がその主張のとおり本件土地、店舗等を買受けたこと、原告代表者が日田税務署を数回訪れ右買受けにともなう税務処理について堀田に相談したこと、原告が右売買による取得資産を原告主張のように区分したうえ原告主張のように営業権償却額を損金に計上して申告したこと、被告が原告主張のように土地及び営業権を評価し、原告主張のように営業権償却超過額を否認して本件各課税処分をなしたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。堀田は、原告に対し、諸事情がわからないと一概にいえない旨の回答をしたにすぎない。

三、被告の主張

1. 本件各課税処分は適法であつて、租税法における信義則若しくは禁反言の原則に反するものではない。

そもそも租税法における信義則の適用にあたつては租税負担の原理から見て原告が不当に課税を免かれる不公平が生じたかどうか、また原告に実体上の著しい損害が生じたかどうか、適正公平課税の原則に反する結果となることをあえて看過してまで原告を保護しなければならぬ必要が租税正義の観念から生ずるかどうか等の諸考慮が必要とされる。すなわち租税法における信義則は原告の利益と課税の平等、負担の公平との衡量によるべきであつて、この衡量を行なうには次のような要素につき租税法律主義の原則を考慮しながら総合的に判断すべきものである。

(1)  租税行政庁が納税者に対し信頼の対象となる公の見解を表示したこと

信義則が適用さるべき信頼の対象となる公の見解は私的なものであつてはならない。行政活動の一環としてなされたものであることを要し、単なる意見若しくは意向の表示では足りない。また、その表示が文書によるものか、口頭によるものかも考慮しなければならない。

(2)  納税者の信頼が保護に値するものであること納税者が表示を信頼したことが正当な理由をもたねばならず、相談にあたり行政庁の回答の前提となる具体的な事情を納税者が明らかにしたかという事情も考慮さるべきである。

(3)  納税者が表示を信頼して、それに基づいて何らかの行為をしたこと

本件において右各要件の有無につき検討すると、堀田徳二は原告代表者らから本件土地、店舗取得に伴う税務処理について相談を受けたことはあるが、原告代表者らからは抽象的・主観的な事実の説明がなされたのみで、原告主張のように具体的な資料の提供もなく、堀田は石松税理士の営業権についての考え方の当否を問いただされ、「そういうこともある。」という程度の一般論を個人的に述べたにすぎず、各資産ごとの具体的金額の提示等の行政指導をしたことはない。本来税務署長がこの種の相談に応じるなどは極めて異例のことであつて、通常は法人税担当の課長、上席国税調査官、係長等が行なうものであつて原告代表者並びに石松税理士はたまたま堀田と個人的に面識があつたので私的に相談し、堀田もこれに応じたものである。したがつて堀田は原告代表者らに対し税務署長としての公の見解では私的なしかも抽象的な意見を示したものにすぎず、かようなものに対し原告が信頼をよせたとしてもそれは保護に値しない。また、原告は右のとおり堀田の抽象的意見を得た上石松税理士の見解及び計算方法によつて各資産ごとの金額を決定し、その結果に基づいて本件法人税の確定申告をしたのであつて、これは原告の判断と責任において行なわたれものにほかならず、堀田の意見が原告を法的に拘束した結果とはいえない。

本件土地、店舗の代金額は合計三億二三〇〇万円であるが、これは不当に高いものとはいえず、本件再更正処分において本件土地の価格が坪当たり二一〇万円とされているのもむしろ低額にすぎるといえる。けだし、訴外山下戸吉は昭和三四年四月一日に本件土地を七八四五万一七三〇円(坪当たり約七〇万二〇〇〇円)で取得したが、この価額を同四五年一二月二八日(本件売買当時)での価額に引直すと別表2のとおり坪当たり約四八〇万一〇〇〇円となる。本件土地に近接している福岡市天神二丁目一七三番地の土地は昭和四二年八月一日当時坪当たり一四八万五〇〇〇円であり、これを本件売買の時点で評価し直すと坪当たり約二五〇万九〇〇〇円となる。そしてこの金額に地点修正を加えた本件土地の価額は坪当たり二〇〇万七〇〇〇円となる。また、福岡相互銀行は本件土地の価額を本件売買当時の路線価格及び近接地の根抵当権設定額を参考として坪当たり二〇〇万円位と評価し、本件土地、店舗に二億円の共同根抵当権を設定し、肥後相互銀行も右土地、店舗に一億円の共同根抵当権を設定したが、右両銀行は本件店舗を右根抵当権設定に際し、さして重視しなかつたとみられるから、本件土地の価額を三億円位と評価していたものと考えられる。

とすると原告は本件各課税処分により実体上著しい損害を受けたものとはいえず、かえつて本件営業権を原告の申告どおり計上すると、原告は他の納税者に比し二九四三万九二〇〇円もの法人税を過少に納付することとなり、不当な利益を得ることは明らかである。  2. よつて被告のなした本件各課税処分はいずれも適法である。

四、被告の主張に対する原告の認否

被告の主張事実は否認する。

第三、証拠

一、原告

1. 証人石松利雄

2. 乙第一号証の一ないし三、第二号証、第三号証の一、二は原本の存在並びに成立を認めるが、その余の乙号各証の成立は不知。

二、被告

1. 乙第一号証の一ないし三、第二ないし七号証(第三、六号証は各一、二)

2. 証人堀田徳二

理由

一、請求原因1ないし3の事実については当事者間に争いがない。

原告が、原告主張のように本件土地、店舗等を買受け、右売買による取得資産を原告主張のように区分したうえ、原告主張のように営業権償却額を損金に計上して申告したが、被告は、そのうち営業権の取得価額を五四三七万四〇〇〇円と計算したため、原告主張のように償却超過額を否認して本件各課税処分をなしたものであることは当事者間に争いがないところ、右営業権価額が被告のなした右評価額を上廻るものでないことについても当事者間に争いがない。そうすると、被告が、右評価に基いて、原告が既に昭和四五年五月一日から同四六年四月三〇日までの事業年度で償却していた四三四九万四三三四円を差引いた一〇八七万九六六六円だけが本件事業年度において許される償却の額であるとして原告申告の償却額との差額七六一〇万九〇〇〇円の償却超過額を否認したことは正当であつたものといわなければならない。

そこで、被告が右償却の一部を否認したことについて原告主張のような禁反言の原則若しくは信義則に反する違法が存するか否かについて判断する。

原告が昭和四五年一二月二八日訴外山下戸吉から本件土地、店舗及び什器備品等を代金合計三億二三〇〇万円で買受けたこと、原告代表者が日田税務署を数回訪れて右買受にともなう税務処理について当時の同税務署長堀田徳二に相談したことは当事者間に争いがなく、証人堀田徳二、同石松利雄の各証言(ただし、証人石松の証言については後記訴信しない部分を除く。)によると次の事実が認められる。

すなわち、原告代表者は、昭和四五年ごろ本件土地、店舗等の取得に関する税務処理につき、当時原告の顧問税理士であつた石松利雄に相談したところ、右譲受に判い資産勘定に計上すべき営業権価格の評価が困難との判断に達した。そこで両名は以前より面識のあつた当時の日田税務署長堀田徳二の意見を聞くこととし、ともども数回にわたり同署に堀田を訪れて相談をもちかけた。堀田は石松らから右営業権の評価方法を尋ねられ、代金額から土地、店舗、什器備品の各価額をそれぞれ控除した残額を営業権価額とみることもできる土地の価格は売買実例、相続税の評価額等を参考にして決められるのではないか等の示唆を与えたが、それ以上すすんで本件土地の価額につき具体的に確言し、或いは営業権価格自体を明示したことはなかつたし、相談の過程において、右売買実例、路線価格等の具体的な資料が検討されたものでもなかつた。

なお、堀田に対する質問及びそれに対する回答はいずれも口頭でなされた。

以上の事実が認められ、右認定に反する前記証人石松の証言部分の証人堀田の証言に照らし措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

そうだとすると、堀田は、原告代表者らからの相談に対し、営業権の存否及びその価格算定については具体的な結論ないしは数額を全く示唆していないものであつて、この点で誤つた示唆をしたことにはならないのであるから、原告の前記禁反言の原則若しくは信義則違反の主張は、到底採用することができない。

なお付言するに、営業権とは、ある企業の伝統と社会的信用、立地条件、特殊の技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上廻る企業収入を稼得することができる無形の事実関係をいうものと解すべきであるから(最判昭和五一年七月一三日判例時報八三一号二九頁以下参照)、その存否及び価額の算定は、当該企業について、具体的に右のような諸要素を総合判断してなされるべき性質のものである。したがつて、公式的に売買代金額から土地、店舗、什器備品の各価額を控除した残額が常に営業権価額に該当すると解しえないのであるが、堀田の説明も、右のような残額が生ずる場合、これが常に営業権価格として計上できる旨を断定的に述べたものではなく、単にそのような可能性がある旨を示唆したにとどまるものであつたことは前認定のとおりであるから、その限りでは、抽象的な説明としても何ら誤つたものではなく、この点からしても原告の前記主張は採用することができないというべきである。

二  以上のとおりであるから原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田畑豊 裁判官 加藤英継 裁判官 石原敬子)

別表一

別表二

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